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昔のお仕事:ぷれカラッタスタイル

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 カラッタカレーさん、こんな仕事やって来たんだー。聞いては居たが画がないと今一実感が湧かなかったけれど、写真をみせて貰えば納得。
 みなさん誰でもそうだけれど、ご自身が成し遂げてきたことで結構凄いことやっていたりする事ってありません?
 いまは自分だけの記憶の彼方に行っているかも知れないことが、けっこうレベルが高かったりして・・・

 我々のような零細事業者が、今の混沌とした、そして移り変わりの速度が物凄く速い時代の中で、質の高い仕事を楽しく続けて行くには、様々なバックグラウンドが必要に思える。

 それは、自分自身の今まで為してきた仕事の内容であったり人間関係であったりするが、同時にその関係を持った方々のバックグラウンドも大事だったりする。人間一人じゃ大したことは出来ないけれど、みんなで頭寄せ合えば何とかなることも多い。
 とは言っても、その一人一人が問題ですけどね。類は友を呼ぶですから。


 さて、美味しくて楽しいカラッタカレーさんが、博打のようにいきなり店を開いて(一部の人間に?)大当たりしたわけではないことは、滲み出る店主の教養からも伺い知れるが、実際に写真とかをみせて貰うと更に実感できると思う。

 先ずは、このパンの移動販売車の屋根に付いた拡声器は如何。可愛いネズミの絵が描いてあるけれど、このノリとセンスは、今のカラッタカレーさんのお店の雰囲気に通ずるものがあるような気がしません?

 こんな可愛い車を作っていたんだね。ペイントも様々な仕様が。
 再度パネルが上に跳ね上がって屋根に。反対側はスライド式。

 移動販売車は、軽と1t車のトラックを改造。法定の改造申請時には、難しい計算などの仕様書もこなして基準をクリアしていたそうだ。
 どの車も可愛らしいけれど値段は可愛くなかった様子。カラッタカレーさんが、以前のこの仕事を始めた1980年代の半ばから後半頃は、日本でキャンピングカーブームが始まっていた頃と時を同じくしていたらしい。後年、移動販売車もノウハウをつぎ込んでコストダウンしたそうだが、当初はへたなキャンピングカーよりも高かったとか(掲載の写真は1990年代のもの)。
 カラッタカッチャン曰く、「その頃のキャンピングカーなんてほんといい加減だぜ。うちの車の方が全然質が高かったんだから。」と。いまのキャンピングカーは大分良くなったけれど、最初の頃はそうだったかも。

 保冷庫の例。凍らせた保冷材を入れている。コンプレッサーを使うタイプもあるが、保冷材の方が安く済む。
 上の画像は手洗いシンクの取り付け例。下の画像は、昔のカッチャンの工場。此処で色々なものを作っていた。

 この工場で作っていた製品は、業務冷蔵庫、厨房機器製造、恒温恒湿室、ステンレス板金加工、プレハブ式断熱加工、製パン機械などなど。

 こちらは1tトラック改造バージョン。
 上は軽、下が1t車のもの。

 これらはホンの一例。写真が結構処分してしまったとか。パンの発酵室とかそういったものの写真が欲しかったのだが無いそうだ。


 カラッタカッチャン達と話をしていて良く解るのは、舌がしっかりとしていること。基準値が高いね。食べ物屋さんて、みんなが美味しい美味しいって言うけれど、実際は大したことがないことが良くある。マスメディアがネタが無いもので、適当に持ち上げて記事を書いていることが多いし、化学調味料と冷凍物やインスタント物で育った人達が、美味しいと感じるのと、本物を食べてきた人達が美味しいと感じるのとでは全然感覚が違う。

 カッチャン達だけじゃなくみんな海外に行っている人達は例外なく今の日本の食べ物は不味いとい言う。そして東京が一番美味しくないと言う。ほんとそうだよね。野菜からして不味いし、肉も酷い。魚も酷い物が多いしね。スーパーに売っているものも不味い物ばかり多い。それも、肉や魚類も見た目の美しい姿を保つための保存材漬けになっているものが多い。知らないけっこう人多いよね新鮮そうに見せるために薬が使われていること。

 食べ物は体調だけでなく意識状態にも関係してきてもおかしくないはずだから大事にしないとならないと思っているサイト管理者なので、色々なのうがきを書かずには居られない事ちょっとご勘弁。ホント酷いよね日本の食生活。


 それから別にこのページはカラッタカレーさんをヨイショしようとか、またはサイト管理者が何かの得をしようなどの意図があって作っているわけではなく、何故なら我々の様な個人事業者や零細事業者がより良く質の高い仕事をしていく上で、何かしらのロードマップになればと思い作っているということ。何かの参考になれば幸いと思いページを積み重ねている。

 何故なら。
 今まで高度成長経済の中で生きてきた人達は、人を押し退け掻き分け(足を引っ張り?)して生きてきた人が優位の様に見受けられる。または、大きな組織に入って、本人は自由を謳歌しているように生きてきたつもりで居るかもしれないけれど、仕事以外の事は何にも知らないロボットのような年寄りになってしまったとか。周りを観ていても結構そんな年輩者が多い。

 ま、この世代の人は、観ていて一番解るのが、何事も自分自分と自分ありきで自我の主張することが多いこと。兎に角、自分が認められたい、他人から社会から承認されたいという衝動のままに生きている人が多い様子。それもとてもエネルギッシュにタフにね。
 ところが、その主張の強さの割には、責任感が無いことが多く荒(粗)っぽい感覚の人が多い。良い部分は自分の手柄、悪いことは他人と社会のせいというメンタリティの人が多いものね。何か、人間関係に於いても、お金と自分の得、というキーワードで展開している人も多いし。

 そして例え人柄が良さそうな方であっても、自分と家族以外の事は関係ないなどという殻に籠もった人も多いものね。例えば、電車のシルバーシートに座っている穏やかなお顔をした裕福そうなご夫婦の奥さんが、携帯電話に着信があると、平気で車内でお喋りしているなどとか。それじゃあ、周りの子供達も同じようにやるでしょ。
 車の運転などにしても高級車をマナー無視の横柄な運転するか、もしくはダラダラして不安定な運転で、全体の流れを無視した運転をしているご老人が凄く多い。

 もちろん、それでも素敵な方は沢山おられるのだけれど、その年代の方々が育ててきた今のお母さん世代になる人達の様子やその子供達(要するに押し退けて生きてきた人達の孫の世代ね)の様子を見ていると、何か大きなものが欠落しているとしか考えられない。だから、今の様な世の中の様になっているわけね。何事も相似象です。
 生きていく上での美学とか理念とか、形而上的なところの生き様が美しくない人が多いのが今の日本の大人達だと思えてしまう。ちょっと前までは気骨がある人とか感動するような生き方をしてきた人が身近にも多く居て、時に心が糺されることもあったが今は滅多に出逢わなくなった。年寄り自身が正しいこと声を大にして言えなくなったのは、自分達自身が風見鶏で適当に泳いできた人ばかりの社会を作ってしまったからかも知れない。

 だから、我々の世代の人間は、自分達や仲間達だけでも自分達の至らない点を補い修復して、社会自体が良い方向に行くようにしないと、自分達と子供達の未来を自分自身で潰しているしまっていることをあらためて実感するわけね。

 今は修正の時代です。自分勝手な事をやって自然破壊を食い止めなかったご老人達をはじめとして、我々もその負の遺産をどうするかということを突きつけられているわけ。それを政治とか経済が良くなったら、というタラレバは横に置いておいて、先ず自分達がどう変われるか、何が出来るかという事から始まるということを、もう既に気づいた多くの方々がもうアクションを起こしているのが現在。

 そういった中で、一部のお年寄り達には昔からの長老の様な、全体を見通す眼とバランス感覚、そして全体の事を想える感情、そして深い智慧を備えた方々居られるので、少しでもそういった方々に教えを乞いたいと思う。
 しかしながらサイト管理者たちが取り敢えず出来るのは、自分達が得たささやかな経験や、周りの方々の経験をこのサイト上と、各人の仕事の上でご縁ある方々と分かちあっていくこと。大したことが出来るわけでは無いけれど、それでも立ち止まっているよりはましとうことでしょう。
 その様な想いがあるので能書きが多くなりますことご容赦賜れれば幸甚。サイト管理者拝

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